TANUKI夫婦の古社寺巡り 大分の古社寺 その2 宇佐神宮周辺
  大分の古社寺 その2 宇佐神宮周辺
宇佐神宮
宇佐神宮 大鳥居 ここから階段が続きます 宇佐鳥居 奥に西大門
宇佐神宮 上宮 境内の紅葉(菱形池と能舞台) 呉橋(くれはし)
昔は・・・・東九州自動車道はもちろん、椎田有料も宇佐別府道路(これも、今となっては懐かしい名前ですね・・・・)もありませんでしたので、ms.TANUKIの実家へ行くには国道10号線しかありませんでした。10号線は、お盆や正月には、ものすごい渋滞に巻き込まれていました。子供たちを連れて、そんな渋滞の中で、ちょっとした休憩場所にもなり・・・・初詣かたがたお参りしていました。
老後の楽しみ(?)で古刹巡りをするようになって、改めて宇佐神宮の歴史などを調べてみたら、とてつもない歴史に彩られた神社だと知りました。全国の八幡神社の総本社でもあり、東大寺(大仏)の創建に宇佐神宮の神託を仰いだとか・・・・大仏開眼の時に宇佐の神様が奈良まで出かけ、その時の乗り物が「神輿」の発祥なんだとか・・・・いろいろ伝説めいた話が残っているようです。平安時代には九州最大の荘園領主となり、豊後国の有力武士とも度々敵対したと記録に残っているようです。そう言えば・・・・国東の「田染の荘」は宇佐神宮の荘園時代の集落や水田の位置がほとんど変わらず残されていて、今でもコンクリートを貼った用水や圃場整備は行っていないそうです。「田染荘小崎の農村景観」の名称で国の重要文化的景観として選定されています。
また仏の里と言われる国東半島には、宇佐八幡神の化身である仁聞菩薩が 1200年前、宇佐国東の地に神仏習合の原点となる山岳宗教「六郷満山」を開いたとの伝説が残っています。
宇佐神宮は、明治の悪法(TANUKI は「極悪法」と思っています!)神仏分離令までは「宇佐八幡宮弥勒寺」と呼ばれていたそうで、境内には「弥勒寺跡」の石碑が建っています。明治までは、ここに大伽藍がそびえていたと伝えられています。その弥勒寺に安置されていた仏像は、現在は周辺の寺院に移されているそうです。次はぜひ、それらの仏像を探してみようと思っています。
大楽寺 ( だいらくじ )
大楽寺 山門 左の建物が持仏堂 本堂はその奥 境内に不動明王の石像が・・・
医王山 大楽寺(だいらくじ) 高野山真言宗 本尊:弥勒如来

大分出身の俳優「石丸謙二郎」氏が国東を紹介したTV番組で、明治の神仏分離令まで宇佐神宮境内にあった「弥勒寺」の弥勒菩薩を祀る寺と紹介されていたので・・・・ぜひその弥勒菩薩さんに会いたいと思い行ってみました。
拝観をお願いしたら、とても話しやすい住職さんで、鍵の束を持って本堂へ案内してくださいました。本堂は入り口に厳重な鍵がかかっていて・・・・中は、さらにガラスで仕切られた中に弥勒菩薩さんとその脇侍、四天王像の7体が安置されていました。すべて重文とのこと。で、住職さんに弥勒寺との関係を聞いてみたら・・・・「ああ、あのTVを見られたのですか。正直、迷惑してるんですよね・・・・うちと弥勒寺とは関係はないのです。」と・・・・。大楽寺(だいらくじ)は鎌倉時代末1333年に、宇佐宮大宮司である到津家の菩提寺として創建された寺だそうで、後醍醐天皇の勅願寺だったそうです。
さらに・・・・「本尊の弥勒仏は・・・・あの奈良の「せんとくん」を作られた先生の元で保存修理を終えています。その偉い先生の言われるには、この弥勒仏は宇治の平等院の阿弥陀様と同じ造りだそうです。」と言われたので「芸大の藪内さんですね・・・・と言うことは、定朝様の仏様と言うことですか・・・・」と言いましたら、何か専門家か何かと、とんでもない勘違いをされたようで、とても丁寧に仏像を一体ずつ説明してくださいました。さらに・・・・お寺を後にした我々夫婦を追いかけてきて「これをお渡しするのを忘れるところでした。」とパンフレットなどをいただきました。ありがたかったけど・・・・ある意味疲れた〜!
ご本尊の1.4mの弥勒菩薩さんは、とても穏やかな素敵な仏像でした。なお、弥勒寺の金堂のご本尊は薬師如来さんだったそうで、現在は大楽寺ではなく「大善寺」におられるとのことでした。
極楽寺 ( ごくらくじ )
極楽寺 山門 極楽寺 本堂 弥勒堂・・・弥勒菩薩像を安置
金蓮山 極楽寺 浄土真宗 本尊:阿弥陀如来(立像)

宇佐地域のお寺を紹介しているパンフレットによると、極楽寺は、宇佐宮の中で千年以上続いた神仏習合時代の貴重な仏像や歴史的・文化的に重要な品々を所蔵するお寺だそうです。元々このお寺は、昭和の大造営(1932?1941年)により、現在地に移されるまでは宇佐神宮の境内にあったそうです。浄土真宗のお寺なので、ご本尊は阿弥陀如来さん。この像は鎌倉時代に作られたもので、宇佐宮の境内にあった大弐堂に安置されていた仏様だそうです。八幡大神の本地仏は阿弥陀如来とされ、この阿弥陀さんは庶民の信仰を集めていたのだそうです。明治政府の神仏分離令によって大弐堂は取壊されてしまいましたが、この阿弥陀さんは難を逃れ、極楽寺へ移されたようです。また弥勒寺の講堂に安置されていた弥勒菩薩さん(丈六仏)も極楽寺に移され、境内の弥勒堂に安置されています。
極楽寺は浄土真宗のお寺なので・・・・拝観料なども要らない代わりに何の案内もありません。すっと前に来た時は、弥勒堂の入り口は格子戸で中は薄暗く・・・・弥勒さんも良く見えませんでしたが、2022年8月に訪れた時は格子戸も開いていて、はっきりと弥勒さんのお姿を拝観できました。
なお、宇佐の観光パンフレットには「弥勒大仏」とありましたが、丈六の仏像ですので・・・・お釈迦様の身長が1丈6尺(約4.85m)とされ、それより大きい仏像を大仏と呼ぶ・・・・微妙ですね〜!
東光寺  ( とうこうじ )
東 光 寺  五 百 羅 漢
医王山 東光寺 曹洞宗 本尊:薬師如来

「東光寺」という名前のお寺は、結構あちこちにありますね。TANUKI の巣の隣町・・・・長州毛利家のお墓があるお寺も東光寺です。そう言えば「西光寺」とか「西方寺」というお寺も多い気がします。薬師如来さんのおられる東の「瑠璃光浄土」そして西の、阿弥陀如来さんの「極楽浄土」を連想しての名前なのでしょうね。
ま、それはともかく・・・・宇佐市にある「東光寺」は五百羅漢さんで有名なお寺です。お寺の説明によると、五百羅漢は、道淋さんという15代目の住職さんが干ばつに苦しむ農民を救いたいと、安政6年(1859年)日出の石工に制作を依頼したことが始まりとのことで、明治15年(1883年)までの24年間をかけて 521体の羅漢像を彫り上げたそうです。
なおお寺は出入り自由な状態で、拝観料は「1人100円 を賽銭箱にお入れください」という看板が立ててありました。