美祢線の思い出
肥薩線(人吉〜吉松)の思い出
 2015年5月・・・・TANUKI夫婦の大学の同窓会(同期会)出席のため鹿児島へ行く途中に乗りました。『TANUKIの近況報告2015』と『TANUKIの思い出』の中の『観光列車の思い出』にも掲載していますが・・・・新幹線で一気に行くのは味気ないので、熊本から「九州横断特急」→「いさぶろう」→「隼人の風」と乗り継いで鹿児島まで行く途中、「いさぶろう」号に乗りました。

《 肥 薩 線 (人吉〜吉松) 》
 肥薩線のうち、人吉駅(熊本県)から吉松駅(鹿児島県)の区間は矢岳越えと言われる険しい山岳地域のため、ループ線やスイッチバックで乗り越える難所です。明治時代、鹿児島までの鉄道敷設に当たり、陸軍が海側のルートは外国からの艦砲射撃で狙われ危険であるとして反対したため、あえて山岳ルートを選んだようです。
 多くの資金と犠牲を出しながら開通した路線は、現代ではループ線やスイッチバック、日本三大車窓といった観光路線となっています。なお、より安全で安価に仕上がる現在の海側ルートで鹿児島本線が開通したのは18年後の昭和2年だそうです。

豪 雨 災 害
 2020年(令和2年)7月の豪雨災害で、肥薩線の八代から吉松までの線区は、壊滅的な被害を受けました。
令和6年(2024)4月、熊本県とJR九州は八代〜人吉間の鉄道での復旧については、2033年度までの復旧をめざすことで基本合意しました。
さらに、吉松〜隼人は、2026年(令和8年)6月中旬の大雨による新たな線路被害発生で運休となりましたが、1ヶ月後の7月には運行再開しています。しかし、熊本、宮崎、鹿児島の3県にまたがる人吉〜吉松間はこれからの協議が待たれる状況です。
人吉旅館 国の有形文化財 青井阿蘇神社 人 吉 駅
 あえて大回りして鹿児島を目指しましたので、人吉で一泊しました。建物が国の登録有形文化財に指定されている『人吉旅館』に宿泊したのですが、女将さんのご厚意で、今までずいぶん有名な方が泊まったという内風呂付きの新館の部屋に泊めていただきました。有形文化財だけあって、本館は昭和9年、新館は昭和40年に建てられたのだそうです。確かに昔ながらの旅館といった風情で、とても懐かしく情緒深い雰囲気でした。料理も地産の素材を生かした味で、とてもおいしかったし・・・・お風呂もナトリウム炭酸水素塩泉だそうですが、とても気持ちの良い温泉でした。もちろん、女将さんを始めスタッフの皆さん、とても気さくで親切でした。
この旅館も2020年(令和2年)7月の豪雨で1階の天井まで浸水するという甚大な被害に会われたようです。とても心配していましたが、復興しておられるというニュースを聞いて一安心しています。
駅前のからくり時計 石造り機関庫 人吉駅名物 駅弁の立ち売り
 10:09発の「いさぶろう1号」を予約していましたので、朝食後早々にチェックアウトし、青井阿蘇神社や人吉駅周辺を散策しました。駅前にはからくり時計が・・・・時報とともに太鼓踊り(?)が下層を舞い、天守閣から相良のお殿様(?)が顔を出しました。駅構内には風情のある石造りの機関庫もありましたし、くま川鉄道の「田園シンフォニー」も停車してました。
 静かな落ち着いた雰囲気の町のようで・・・・時間があれば、ゆっくりと町を散策してみたかったと思いました。
『いさぶろう』 1号で出発! 『いさぶろう・しんぺい』号のヘッドマーク いさぶろう車内・・・すてきな雰囲気!
 「いさぶろう・しんぺい号」と総称されていますが・・・・「いさぶろう」が下り列車で「しんぺい」が上り列車なんですね。人吉駅〜吉松駅間が建設された当時の逓信大臣だった「山縣伊三郎」、この区間の開業当時の鉄道院総裁だった「後藤新平」の名前に由来するのだそうです。そして、この区間最大の難工事であり、それによって鹿児島本線が全通し青森駅から鹿児島駅までの日本列島を縦貫する鉄道網がつながったという記念すべき「矢岳第一トンネル」の矢岳側入口に山縣の「天険若夷」の扁額が、吉松側に後藤の「引重致遠」の扁額があることから、下り列車が「いさぶろう」、上り列車が「しんぺい」となったとのことでした。

 乗ってみて気づいたことなのですが・・・・「いさぶろう」も「しんぺい」も普通列車なのですね。ただ、観光列車なので、座席指定(一部自由席)の普通列車ってことを、乗ってみて知りました。(全く・・・・、勉強不足でした!)とは言っても、人吉〜吉松間の35kmを約1時間15分かけて、ゆっくりと走る観光列車だし・・・その間、駅は大畑(おこば)、矢岳(やたけ)、真幸(まさき)の3駅しかない。そのいずれも歴史を感じさせられる風情のある駅舎で、それぞれの駅に数分間停車しては駅舎の観光をさせてくれるわけで・・・・確かに特急である必要はないですよね。
『いさぶろう』の運転席 球磨川を越えて山岳地帯へ・・・ 勾配を登り最初のスイッチバックに駅が・・・
最初の停車駅 大畑(おこば)駅・・・ゆっくり停まって観光させてくれます
大畑駅のホームに洗顔場 スイッチバックの先きはループ線 ループ線の途中・・・眼下に大畑駅ガ・・・
 人吉駅を出発して、球磨川を渡ってから山岳地帯に入り、急勾配を徐々に高度を上げていきました。そして、まず最初に停車するのが大畑(おこば)駅です。
 調べてみましたら・・・・大畑駅(おこばえき)は、日本で唯一、ループ線の中にスイッチバックを併せ持つ駅とありました。駅の周囲には人家はなく、大畑の集落まで徒歩1時間かかるとのこと。開業当時に走っていた蒸気機関車のために設けられた「信号所」「給水所」としての役割が大きかった駅だそうです。人吉から連続する勾配を登ってきた蒸気機関車は、この駅で給水をする必要があり、機関士たちのみならず、トンネルの連続で乗客達も煤で顔や手が汚れるため、駅のホームにある湧水の洗顔場で洗っていたと伝えられているそうです。この駅で一休みした列車は、矢岳駅に向けてさらに険しいループ線を登っていったようです。

 大畑駅で客室乗務員のお姉さんの説明を聞いて・・・・明治42年に建てられたというレトロな駅舎をゆっくり見学して・・・・いさぶろう号の前でms.TANUKI とツーショット写真を撮ってもらって・・・・結構ゆったりとした時間を過ごしてから改めて「いさぶろう号」へ。矢岳駅に向かう急勾配のループを登って行く途中、下に大畑駅が見えました・・・・なるほど、ループなんだ!スイッチバックのレールも見える! と、妙に納得してしまいました!
矢岳(やたけ)駅に到着・・・ここでもゆっくり観光させてくれます 矢岳第一トンネル
 矢岳(やたけ)駅は、肥薩線で最も高い標高約536.9mの地点にある駅だそうです。駅の機関庫にはD51が展示されていました。客室乗務員のお姉さんが「地元の方が機関庫の中に特産品を売っておられます・・・」ってアナウンスしてましたので行ってみました。土地の野菜や梅が売られていました。何かのんびりした風情で・・・・も良いものですね。この駅も駅前に集落がある様子はなく、周辺に人家も見当たりませんでした。
 昔、この路線の廃線の話が出て、その後、観光列車の路線として復活したって話でしたが・・・・このあたりも秘境(?)なのでしょうね。帰ってから改めて時刻表を調べてみたら、「いさぶろう・しんぺい」号が2往復、それ以外に1日上り下り各3本・・・・でした。う〜ん!

 矢岳駅を出て・・・・列車は勾配を下り始めます。そして次の観光スポット「矢岳第一トンネル」が・・・・。
 1906年(明治39年)9月に矢岳第一トンネル着工・・・・しかし、人里離れた山奥のため資材搬入などが困難を極め、また水分の多い凝灰岩のために湧水が多く、かなりの難工事であったようです。現代に置き換えると、青函トンネルの困難さに匹敵すると言われています。1908年(明治41年)に導坑が貫通し、1909年(明治42年)11月21日に開通しています。これにより鹿児島本線が全通、青森駅から鹿児島駅までの日本列島を縦貫する鉄道網がつながりました(、途中関門海峡の船舶連絡を挟んではいますが・・・・)。
日本三大車窓 絶景ポイント・・・でも・・・ 眼下に真幸(まさき)駅が見えてきた・・・ 最後のスイッチバックで真幸駅に
 矢岳トンネルを過ぎると、いさぶろう号は坂の途中で停車して風景を見せてくれます。日本三大車窓と言われる絶景区間です。
日本三大車窓とは、「北海道・根室本線の狩勝峠越え」、「長野県・篠ノ井線の姨捨駅車窓」、そして「肥薩線の矢岳越え」と鉄道ファンの間で語り継がれてる絶景車窓です。韓国岳(からくにだけ)・えびの高原を一望でき、晴れた日には桜島まで見渡すことができるとされています。
・・・・さあ、絶景を! と思ったのですが・・・・あいにくこの日は曇り空!・・・・霧島連山の韓国岳も肉眼ではうっすらと見えたのですが、写真には写っていませんでした。残念!

眼下に駅が見えてきて、最後のスイッチバックに・・・・最後の駅「真幸(まさき)」です。
最後の停車駅「真幸(まさき)駅」・・・入場券が大人気です! 終点「吉松駅」 次は「隼人の風」に・・・
 いさぶろう号は、最後のスイッチバックで真幸(まさき)駅に。肥薩線では、真幸(まさき)=真の幸福!、もうひとつ一勝地(いっしょうち)=勝利祈願!の入場券が人気です。TANUKI 夫婦は、この真幸駅の入場券を娘や息子、友人へのおみやげにしました。(もちろん真幸駅も無人駅なので・・・人吉駅であらかじめゲット!しています。)
 真幸駅でも、ゆっくりとレトロな駅舎を見学し、たくさん写真も撮らせて頂いて・・・・終点の「吉松駅」に。ここは吉都線の乗り継ぎ駅ですが、肥薩線はさらに鹿児島本線との乗り継ぎ駅「隼人駅」に続いています。ただ、いさぶろう号はここが終点。いさぶろう号とお世話になった客室乗務員のお姉さんとお別れしてホームの反対側で待っている「隼人の風」号に乗り換えです。

 最後に・・・・客室乗務員のお姉さん、大変お世話になりました!ありがとうございます! 九州のD&S観光列車に乗るたびに思うのですが・・・・客室乗務員のお姉さん、ほんとうに大変ですね。観光案内のアナウンスにワゴンサービス、各駅でのシャッターサービス・・・・車内検札まで、それをとびきりの笑顔でこなすんだから・・・・お疲れ様です!ありがとうございました。おかげで、久々にms.TANUKI とのツーショット写真がたくさんできました