ミヤマキリシマを見に・・・その3
TANUKI の 近況報告    ミヤマキリシマを見に・・・その3   2018. 5.30.
別府駅に「横断特急」・・・どこまで行くのかな? 熊八さんの銅像がラガーの服を着ていました???
日田豆田町・・・草の本家は改修中でした 豆田町をぶらり・・・いつ来てものどかで落ち着きますね
道路が片側通行に・・・大きな石がいくつも落ちていました 道路もあちこち復旧工事中・・・大変ですね!
この道路も反対側の店の前までえぐられたそうです TVで濁流が繰り返し報道された英彦山下の交差点
別府も・・・今やほぼ外国?!

 別府には早い時間に着きましたので、最近定宿となっているホテルへ。チェックインしたら・・・予約時に電話に出たお姉さんに「いつもの端の部屋」とお願いしたはずが、「一番奥の部屋」になっていました。まあいいかと部屋に行ったら、部屋の半露天(温泉)とは別に桧の露天風呂まで付いてる部屋でした。へえ〜こんな部屋もあったんだ。知らなかった! 早速一風呂浴びてすっきりしてから路線バスで別府駅に。夕食には早すぎるし、ms.TANUKIが買い物すると言いますので、列車で大分駅のアミュズプラザへ。時間をつぶして再び別府駅に戻り、いつもの居酒屋さんに行ったら休業日(ついてないよね!)。仕方ないのでぶらぶらして別の居酒屋さんに。ところがあちこちのテーブルで飛び交ってる言葉は中国語と、TANUKIにはどこの国か分からない言葉。別府はハングル語が多いんだけど、それとも違う・・・。おまけに店員さん(ウエイトレスさん)も日本語(!)がうまく通じない!別の日本人(?!)と思えるお姉さんが、その都度オーダーの確認に来る始末! どうもお客はAPUの学生さんで、店員さんはAPU学生アルバイトさんなのでしょうね。
 どうにも夕食を食べたって気にならないままホテルに戻りました。ま、このホテルは日本語以外の言葉は聞こえない宿なので・・・ゆったりと鉄輪の温泉を楽しみました。

日田から小石原を通って・・・

 旅の最終日・・・どのルートで帰ろうかなと思いながらTVをつけたら、大分道 別府IC〜湯布院IC、東九州道 日出JC〜速見ICが霧のため通行止め。このエリアではいつものことですけど・・・それにしても、初日に鶴見に行っておいて良かった。外に出てみたら鶴見は完全に霧と雲に隠れていました。仕方ないので大回りして日田経由で帰ろうと宿を出発しました。(後で確認したら、この日は一日中通行止めでした。)
 再び鶴見を超えて湯布院へ。湯布院ICから、別府方面は通行止めで大渋滞の車の列を尻目に大分道で日田まで走りました。日田で豆田町を散策してから昼食。その後、小石原を越えてみました。

 日田から小石原への道・・・何カ所も片側通行になっていました。そして、道路には大きな石が落ちていました。至る所で重機が動いていました。国道は通ることができましたが、道路のあちこちに補修の跡がありました。旧宝珠村に入ると、まだ土砂に埋もれた田んぼが手つかずの状態で残っていましたし、山肌には土砂崩れの跡がそこかしこに見られました。
 小石原に入り、途中「つづみの里」に寄ってみました。ここは小石原のいろいろな窯元さんが作品を並べておられるので、ささやかな復興支援に購入しようと思ったのです。で、中に入ってみたら・・・いつもぎっしりと並んでいるはずの作品が、ほんのわずかしか並んでいませんでした。店の方の話では、前を流れる川の水が氾濫し、店の中にまで濁流が来たとか。そのため展示してあった作品は多大な被害を受けたそうです。店の前の道路もえぐられたとか。この地域全体が大変な被害だったんですね。
 小石原から国道500号線(昔の林道ですね・・・ここもずっと通行止めでしたが・・・通れました。)を通って英彦山駅に。英彦山との交差点、ここ・・・濁流が家を呑み込みそうな場面が何度もTVのニュース映像で流れていた場所です。交差点周辺で何台もの重機が復旧作業をしていました。交差点付近はきれいになっていました。もちろん映像に映っていた家は跡形もありませんでしたが・・・。

 前に、耶馬溪の水害の時も被害の跡を見ながらやりきれない思いにかられましたし、TANUKIの巣の周辺でも、数年に1度水害で被害が出ています。TANUKIには祈ることしかできませんが・・・一日でも早く復旧されることを祈っております!